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歯車の一つだからこそ

 社会の一員という表現には割と自分の立ち位置を肯定的に表している印象を持ちますが、同じようなポジションでも、組織の歯車の一つという場合、どちらかというとその立場を否定的な意味で使われることが多いのではないかと思います。

 私自身、組織に属している訳ではありませんが、活動場所が、図書館や学校、保育園という関係上、組織の判断に従わざるを得ない状況になることがあります。

 そして、組織の判断を仰ぐ時というのは、何か問題が起きたときが圧倒的に多いと思います。

 今年度で言えば、コロナ禍です。緊急事態宣言が全国に発令された時は、言い方は悪いですが、悩むことなく、判断しやすい状況でした。何しろ学校や公共施設が一斉に休校、休館になったので、迷うことはありませんでした。

 しかし、緊急事態宣言は、生活の基盤を揺るがす劇薬でもあるので、ある程度のところで解除せざるを得ず、結果現在は地域に合わせて、対策しながら落とし所を見つけるという、厳しい状況が続いています。

 そして未知のウィルスとの戦いですから正解がない状態での判断を迫られる組織の責任者が背負っている重圧は想像に難くありません。

 そんな中で、私の活動は、組織の責任者の判断で、中止になったり、続行になったりしました。

 同じ状況でなぜ結果が違うのかと考えると、責任者が、私の活動をどう捉えているのかという点に尽きるのではないかと思います。

 そう考えると、歯車の一つであろうとも、きちんと役割を伝えておけたかどうかということが重要なのだと思います。

 私は今まで積極的に自分の活動を、組織の責任者にお伝えしてきませんでした。

 今回中止にならなかったところの責任者の方々は、幸運にも積極的に私の話を聞いてくださっていたり、長いお付き合いをさせていただいている方ばかりでした。

 実際、責任者の方とお話しする機会は、こちらから作るのは難しいことも多いかと思います。

 だからこそ、機会があったときに後悔しないよう説明できる力を養いつつ、機会がなくとも伝える工夫が必要だと思います。

 歯車だと言って諦めてしまわずに、自分の仕事を理解してもらえるよう伝えていくことも、活動の一部なのだと思いました。