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ねずみとおうさま

 『ねずみとおうさま』コロマ神父/作 土方重巳/絵 岩波書店 は岩波子どもの本の一冊です。スペインのお話で「ペレスねずみ」という抜けた乳歯を枕の下に入れて眠ると願い事を叶えてくれるねずみが出てきます。物語は初めて歯が抜けた幼い王さまの願いを「ペレスねずみ」が叶えてくれるのですが、幼いとはいえ王さまですから一般の子どもたちとは違い一風変わった願いごとなのです。その願いを叶えるためにペレスねずみがとった行動も驚きのもので、物語の展開が子どもたちの心をぐっと掴んで目を離せなくさせます。何より歯が抜け替わるというエピソードは王さまと子どもたちの世界を一気にリンクさせます。古めかしい王さまの喋り方も地の文の敬語まじりの丁寧な言葉遣いもおとなから見たら教訓的な部分も、どれも読み手に引っ掛かりを感じさせずに物語に引き込みます。そして願いごとを叶えてくれるということは子どもにとってどれほど魅力的なことなのかをこの本を紹介するたびに感じます。

 この物語は、アルフォンソ13世(1886-1941、在位1886-1931)に仕えていたイエズス会士ルイス・コロマ(1857-1915)が、幼い王の教育のために書いたものです。主人公の王さまの名ブビは、アルフォンソ13世の母で、摂政も務めていたマリア・クリスティーナ王妃が、幼い我が子につけた愛称でした。スペインでは乳歯が抜けたときに枕の下に入れておくと、ねずみがやってきてお金や贈り物と交換してくれるという民間伝承は古くから存在し、現在でも広<知られています。それをベースにコロマ神父が書いたのがこの『ねずみとおうさま』です。スペインでは1911年に出版されたこの作品が1915年に英訳されたために1953年に日本で出版されました。スペインでは読み継がれなかったこの作品が日本で長く愛されているのは、石井桃子さんの翻訳の力と土方重巳さんの挿絵の魅力が大きいと思います。土方さんの可愛らしいけれど子どもっぽくない、そしてピーターラビットのように服を着ていることに違和感のないリアルなねずみの絵は時代を超えて古びることなく物語を支えています。