· 

知識じゃなくて

 コロナ禍で、どう対応するのが最善か社会が混乱し揺れ動いています。医学を生業としている人の意見はそう違いがないものと思っていましたが、思っていたより医師によって意見が違うことに驚いています。医学に限らず全ての分野で専門家と言われる人たちの意見が同じではないことは自分の関わっている分野について考えてみれば当たり前のことですが、命に関わる医学や科学は論理的で客観的ですっきり答えが導き出せる分野という勝手な思い込みが私にあるためかもしれません。またどの分野も、より専門性を高める目的で専門分野が細分化されてきたために様々な知識が無秩序に発信され混乱を深めているのだと感じています。

 高度な専門性は知識を深め技術を高め、より豊かで進化した社会を作るために必要なものだと漠然と思っていました。けれど専門的な知識を未消化で受け取ると知識が有効活用されるとは限らないことを今体験していると感じています。感染症の専門家の意見は感染症から身を守るための正解であって、私たちの暮らしが成り立つかの配慮はないのだと感じています。そしてそれが専門性の特徴のひとつだと思います。私たちが今当たり前に享受していることが実は当たり前ではなく、その基盤が揺らぐようなことが起こると生活を脅かしている原因を解明し取り除くことだけでは解決しないのだと改めて思います。そして専門家という言葉だけを頼りに知識を答えとして受け取れるつもりになっている自分に愕然としました。

 それで思い出したのが、福音館書店の「たくさんのふしぎ」の創刊にあたって当時の社長である松居直さんが書かれた言葉です。「21世紀を生きる子どもたちにとっては、知識ではなく、知識を動かす力こそが必要である」という松居さんの言葉は今の私たちにこそ必要なことなのではないかと思います。また知識を動かす力を知恵と松居さんが表していて説得力があると感じました。ただ知恵は年齢とともに身につく印象を持っていましたが、自分が年齢を重ねてみて年齢だけで知恵という形で結実するものでもないことを残念ながら実感しています。