· 

1年生と012

 

 小学校1年生の中に福音館書店の012を好んで読む子たちがいるというMIMの先生のお話のインパクトが大きくて頭から離れなくなっています。子どもたちと長く付き合ってきた経験から1番引っかかったのは1年生に012を渡して「こんな赤ちゃん用の本なんて」という反発は起きないのだろうかという点です。経験上子どもたちは自分の年齢にこだわることで成長していくと考えてきました。こういった矜持を持つことで成長が促されてきたと思いますし、実際子どもたちがそういった反応を示す現場に出会ってきました。けれど改めて思い起こすと最近そういった反応を見なくなってきたような気もします。15年ほど前に中学校の学校図書館で『かいけつゾロリ』のリクエストがあってそれを購入したという話を聞いてものすごく違和感を感じたこともこの問題と根は一緒かもしれないと今回思い返しています。個性という言葉で違いを認め合うという姿勢が思わぬ結果を生んでいることに私たちは気がつかないまま今に至っているのかもしれないと根の深さを感じています。個性を尊重することは大事だと思いますがありのままでいいという感覚は変化を望まないことでもあり日々成長し変化している子どもたちにとって相性が悪い部分があるのかもしれないと今更ながらに思います。

 これは学校図書館の悩みにもつながるような気がします。読めるようにするというのは変化を促進することです。そして現在の自分の好みだけで本を選んで読むというのは個性を尊重して変化を促さない行為とも言えます。ですから読書は個人のものですが子どもの場合個人に任せたままでは読む力がつかないという事態が起きる場合があるのだと思います。そして1年生に012をというのはこの読めるようにするということに特化した1つの選択だと思います。012という絵本を使っていますが色合いとしては教材なのだと思います。教材としての絵本は本という色合いよりもドリルのようなものだと考えると整理がつきます。カラフルで楽しそうなドリルと考えると1年生が喜んで読んでいることに違和感は感じません。そう考えるとドリルを学校図書館に並べる必要はないので学校図書館に必要なものではないということになります。そして012の次の段階のこどものともは学校図書館にあります。これはドリルではなく副読本的な教科書に近いものなのかなと思います。教科書に載っている「がまくんとかえるくん」のシリーズなどはアメリカの小学校の副読本として生まれた作品です。物語として十分楽しめる上に読む力も育む本というのが副読本の役割ではないかと思います。ですから学校図書館にはこの副読本のような本は必要なのかなと思いました。