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きかんしゃやえもん

 『きかんしゃやえもん』阿川 弘之/文 岡部 冬彦/絵 岩波書店 は小説家の阿川弘之さんが書いた文章に漫画家の岡部冬彦さんが絵をつけたというなんとも贅沢な組み合わせの岩波子どもの本です。鉄道の主流が蒸気機関車から電車に切り替わりつつある転換期の昭和30年代が物語の舞台です。

 主人公は長い間働いて年取った機関車の「やえもん」です。物語の始まりで「やえもん」が客車を引いて走る音は言葉をはめ込んで表現されているのですが、あまりにぴったりで機関車好きでなくとも引き込まれます。「やえもん」は年をとっていて体が痛いので発車する際に「ひゃあー」と一声上げ「しゃっ しゃっ しゃっ しゃっ しゃくだ しゃくだ しゃくだ しゃくだ」と走り出すというくだりは機関車が走り出す音にぴったりで声に出して読みたくなります。そして「やえもん」は同じく年取った客車を引いて走るのですが、その客車の「そんなにおこるな けっとん 忘れておしまい けっとん」も客車が走る音になっていながら物語の展開にぴったりの意味になっていて「やえもん」の世界にぽんっと入り込めます。

 風景や登場人物には昭和30年代という時代の様子が色濃く出ています。稲藁に火がついて火事になりかける場面などはお百姓さんが長い柄のついた柄杓を持って走っていたりして、今の子どもたちにとってわかりにくいと思われるかもしれません。けれど物語の展開で必要なのは火事を出しかけて「やえもん」がくず鉄にされそうになるという「やえもん」の窮地なので、お百姓さんの絵はさほど子どもたちは気にしません。気になるのは「やえもん」がこれからどうなるのだろうという物語の展開だからです。そしておとなは「やえもん」の今まで一生懸命働いてきた結果がこれかという苦い思いが胸に響きますが、その重みは人生を重ねてからこその共感です。子どもはこの部分におとなが期待するほど興味を示しませんが子どもが受け取れる分だけ受け取って物語が成り立つところは作家の力量を示していると思います。子どもが受け取れる以上に渡そうとすると物語が道徳の教材的になってしまいます。ですから読んでもらうより自分で読むことでこの物語が活きると感じています。そしてやはり物語に力があるからこそ長く読み継がれているのだと思います。